2012年04月24日

●つかの間の眠りに落ちる前に

長年暖めてきた映画解釈が完結しました。

本サイトは、「あと2回」の更新をもちまして更新を終了し、リードオンリーになります。
それに合わせて、一部を少し整理しました。内容はあまり変わっていません。
実は、何度もアップロードエラー等があり、しばらくうまく表示されない状態が続くかも知れませんが、ご了承下さい。

最後の更新は、早ければ秋ごろ、遅ければ来年の頭になります。
それまで、小さな情報をこのブログに載せることがあるかも知れませんが、本サイトの大幅な更新はありません。

中途半端な理由は、今の仕事を辞めないと難しいからで、現在関わっているプロジェクトが長引いているためにあと半年近く、身動きが取れないからです。
よく「時間は作るもの」「すき間時間の活用」と言われますが、座れずにノートパソコンも広げられない、満員電車を何度も乗り換えてのこま切れ時間でできることは、携帯メールでの文章編集など、限られていると痛感。
せめて画像編集がしたい…。
かのドラッカーも細切れの長時間より、短くてもまとまった時間、と言っていたような。
本当はきれいに線引きしたかったのですが、悩んだ結果、このような形になりました。

このサイトは9年目になるのですが、マトリックスの映画への思いは全く変わっていません。
10年後も変わらないかも知れません。

今後は、コスプレ関係の活動は展示会などのイベントのついで、という形になります。
コスプレ目的だけで自発的に集まることは、ある程度の人数が集まらない限り無いと思います。
やりたいことが残ってはいるので、心残りはありますが、国内でのファン活動が停滞している今、人材の確保も厳しく、出来ることはやり尽くしてしまったと感じました。

ゲームの方は、間もなく始まるFuncomの数少ない現代もの「The Secret World」に参加予定です。
マトリックスオンラインの仲間に勧められたものです。
内容的に重なる部分も多く、マトリックスオンラインからの仲間もかなり参加するようで、再開が楽しみです。
プラグを抜かれてから3年弱、冬の時代でしたが、やっとデジタル世界での春が来たような気がします。

こちらの方は、大がかりなサイトを作る予定はありません。
ブログなどで日記や翻訳を適当にやる程度になりそうです。
特にリンクは載せませんので、興味のある方は探してみて下さい。

また再会できることを願いながら、一時の眠りにつきます。
2012年04月20日

●おわりに〜多重のメッセージ - 独断的マトリックス解釈

レボリューションズの結末は、さまざまに解されています。そして、どのような解釈も可能です。
キリスト教の影響の強い海外では「ネオは自己犠牲で人類を救った」、日本では「オラクルが戦いの始まりからのすべて黒幕だった」という説が強いようです。

そのどちらも自分にとってはしっくりこなかったため、反対方向からの解釈を書きたいと思ったのが、この一連の「独断的マトリックス解釈」の動機でした。
運命に翻弄されることなく、最後まで自分の信念を貫いた男の話、という解釈ができなければ、私がこの映画をここまで好きになることはなかったと思います。

脚本を深く読んでみると、ひとつの台詞に複数の意味が込められている事がわかります。
普通名詞である"matrix"という単語を大きめの辞書で引いてみると、複数の意味が出てきます。
システムである"The Matrix"は、両方の意味を含んでいます。

母体=臍の緒につながれたようなポッド。中にいるうちは安全だが、外に出れば自由とひきかえに安全を失う。
行列=流れるコンピュータのデータ。規則正しく碁盤の目のように並んだ都市の区画。高層ビルの窓。

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2012年04月12日

●人としての選択 - 独断的マトリックス解釈

3部作を通して、ネオはさまざまな「選択」をします。
こうした選択の動機は、以下の3つに分けられます。

1.死にたくないという生存本能
2.何かがおかしいという疑惑
3.支配されたくない、他者に決められたくないという抵抗心
4.仲間や愛する人を信じている、助けたいという感情

すべて個人的な人間らしい感情からです。
The Oneとして覚醒してもこの行動の原理は変わりません。
よくあるヒーローのように、全人類のために世界を救おうという意思や、崇高な使命感はありません。
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2012年04月10日

●光と影の関係 - 独断的マトリックス解釈

スミスはネオの、心理学でいうシャドウに該当します。
シャドウは自己の影の部分、切り捨てられたもう一つの自分、かつては自己の一部だったものです。

例えば、勤勉な人は、怠惰な人間であるという可能性を捨てています。
しかし、切り捨てられた人格は、完全に消滅した訳ではなく、人生の至るところで、邪魔をしてきます。

一つは内面に潜むシャドウという形をとります。
先の例では、勤勉な人がサボりたいという誘惑に苦しむということが当てはまります。

もう一つは、他人の中に存在するシャドウ。
衝突してしまう人はいつも決まったタイプ、共通点がある、ということはないでしょうか。
「あんな奴には絶対になりたくない」と思う奴はいないでしょうか。
その人はシャドウである可能性があります。自分が捨てたものを、捨てずに持っています。

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2012年04月07日

●支配とリロード - 独断的マトリックス解釈

レボリューションズの最後では、スミスがネオを同化した後、スミスになったネオの内側から光が溢れ、スミスは破壊されます。

ネット上などで、さまざまな意見がみられるように、この部分は何通りにも解釈できます。
制作者側があえてそれを狙っているようにも思えます。

・単純にプラスマイナスが加算された結果、ゼロになった。
・ネオが内側からスミスを破壊した。
・スミスに上書きされたネオを、デウスが現実世界から攻撃した。

どのような解釈も可能ですが、ここでは一つの見方を書きます。

ザイオンの祭りの後、ハーマン議長との会話に話を戻してみます。
我々は機械をコントロールしているが、その機械に依存して生きている、ということが語られます。
機械がなくなれば困ってしまうことも数多くあります。

例えば、ある日突然冷蔵庫や洗濯機が壊れたとします。
現代の標準的な生活をしている場合、おそらくまともな生活が成り立たなくなり、一時的に混乱させられることになるでしょう。
つまり、支配と被支配とは、表裏一体の関係にあります。

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